色々な事に奔走していた間に時は過ぎ、うかうかしていたらスーパーの新刊を落としかねない事に気付いて青ざめた次第の週末。
春に出せなかった新刊を、スーパーで出します。
それともう一冊、何かしら。
今の所スーパーは開催予定らしいので、何事もなく会場の復旧やらが進む事を祈りつつ。
前回の日記で友人が生きていた事を書きましたが、考えていた以上に壮絶な状況を生き延びたことを知りました。
先日スカイプで話す事が出来て、彼の強さに逆に力を貰ったほどでした。
以下非常に個人的な事なので、蓋の下に。
震災を生き延びた人の記録なので、そういう物事を見たくない方はそのまま蓋を開かないで下さい。
でも私は書きたかった。
彼らが生き延びた事の凄さを。
なので、平気な方だけ見て下さい。
三度死ぬかと思ったとの事ですが、実際の話を聞けばそれ以上の壮絶な状況を乗り越え、お母さんを助けて生き延びた彼の話は、正直なところ奇跡を感じずにはいられないものでした。
気仙沼の海に近い方に居た彼は、本震の直後海に白い煙が上がっているのを見たとか。
その煙が広がってゆくのが妙だと思った時、職場の従業員の人が「津波だから逃げろ」と叫んで来たそうな。
ですがもう高台に向かって逃げる余裕はなく、職場となりのお兄さんの家の上に上がり、津波をやり過ごしたそうです。
とはいえ、押し流されてくる家や車を目の当たりにし、いつお兄さんの家も流されてしまうかという恐怖がそこにあったと言っていました。
それでもお兄さんの家は比較的強い新築だったそうで、あの並に倒されずに済んだそうでした。
潮が引く頃合いを見計らって、避難しなくてはと思ったものの、潮の流れに引きずられそうになり、切れて垂れていた電線に必死の思いでしがみつき、家に戻ったとの事。
この時既に辺りは重油にまみれており、彼も彼のお母さんも油まみれで家の二階部分に逃げ込んだそうで。
そしてあのニュース映像にあった火災が発生。
その炎を家の中から目前に見ながら、燃え移ったら死ぬと考えていたそうです。
それでも炎は幸いにも届かなかった。
寒さと恐怖の中一晩過ごし、別の場所で働いていて避難所に逃げていたお父さんの要請で、自衛隊の出動となり、本震から二日目にようやっと救出されたとの事でした。
赤壁の戦いはこんなんだったんだろうとか、ぼんやりそんな事を考えてもいたそうですが、本当によく助かってくれたと。
しかしスカイプのお陰でやっと当人と話しが出来て、本当に安心出来たという所です。
今のところ、不足しているものも無いそうで。
報道のお陰で悲惨な場所のイメージが植え付けられてるけど、そろそろ違うところ映してくれないと困る、とそう言っていました。
俺たち元気なのに!って。
話したことで、私たちの方が力を貰った気がします。
彼と彼の家族が生きていた事に感謝を。
不幸にも亡くなられた方には哀悼の意を。
そして私は私の出来る事を、1日も早く元通りに続けてゆく道に戻ること。
という訳で、仕事も原稿も頑張ります。